【プロフィール】このブログの管理人カズオのプロフィール

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はじめまして!このブログを運営しているカズオ@cazuo_happyです。
  • 名前 カズオ
  • 生まれ 1986年
  • 出身地 広島県
  • 職業 介護職
  • 好きな食べ物 カレーライスと辛いもの

このページでは僕の生い立ちについて紹介します。

カズオのプロフィール

幼少期

1986年広島にて誕生。

幼少期はほとんど覚えてないんですが両親が言うには活発だったらしいです。

僕はほとんど記憶にないのでわからないですが常に口をぽかーんと開けている子供だったと思います。

公立高校を卒業後、地元Fラン大学へ入学

高校卒業が近くなり進路を選ぶ時期になりました。

当時の僕はファッションに夢中になっておりファッション雑誌をクッソ読んでました。

「卒業後はスタイリストとかファッション関係の仕事をしたい」「なんとなく東京で仕事したい」といういかにも若者みたいなフワッとした夢をを持っていました。

しかし親に「そういうのはとりあえず大学行ってから考えなさい。大学生なんて暇だからなんでもできるよ。」と言われ大学受験をすることに。

なので僕は「とりあえず大学生になれればいいや」というスタンスでした。

そんな若者が勉強なんてするはずもありません。僕はまったく勉強せずに試験当日にペンケースを握りしめ会場に行くというスタイルで受験に望みます(アホすぎ)

その結果、家から通える私立大学のなかでレベル的に真ん中くらいの大学へ入学することになりました。

もっと勉強すればよかった・・・

遊んでばかりの大学時代

大学時代になってもファッションにどハマりしておりメンズノンノやポパイなどファッション雑誌をクッソ読んでました。

当時流行っていたディオールオムをバイトして買ったり、良さも理解せずに洋楽を聴いたり、夏フェスに行ったり、旅行したりと自由を満喫してました。

大学時代はほんとうにたくさんの服を買いましねー。毎日私服で過ごせることが嬉しかった記憶がありますね。

恋愛もしましたが基本的に非モテのためフラれてばかりでした笑

まったく希望の人生が選べない就職活動で現実の厳しさを知る

そんな楽しい大学生活を送っているうちに就職活動がはじまります。

僕の「東京でスタイリストをしたい」というフワッとした夢はいつのまにか記憶の片隅に行ってしまい普通に就職活動をはじめます。

それでも「販売員以外のアパレル関係の仕事をしたい」という希望はありました。

しかし「大学生は暇だからなんでもできるよ」という親の助言を忘れ、遊んでばかりいた僕はなんのスキルも学歴も無いただの地方都市のFラン大学生。

大手アパレル関係に履歴書を送るも面接まで行けるはずもなく内定が出るのはブラック企業っぽい小売系ばかり。

働きたい会社からはいらないと言われ働きたくない会社からは内定がもらえるという状態で僕は気づきます。

「もっと勉強を頑張ればよかった」

「いい大学行けば面接まで行けたかもしれないのに」

「大学時代にもっと自分の価値を高めておけばよかった」

僕は自分の希望する人生は自分のスペックでは選べないと気づき、人生で初めて現実の厳しさを知りました。

妥協して地元の安定してそうな企業に就職する

希望した道に進めないと知った僕は「とりあえず地元の企業に就職しよう」と地元で名の通った企業を中心に就職活動を再開します。

その結果、広島のブライダル関係の企業から内定をもらえます。

もう就職活動で傷つきたくなかった僕は「地元だしとりあえず就職してみよう!」「ブライダルってなんかカッコいじゃん!」「女の子とか絶対かわいいでしょ!」というフワッとした理由で就職を決めます。

「就職決まったしとりあえず働いて金もらえればいいっしょwww」というノリで就職活動を終え大学を卒業します。

ブラック企業でボコボコにされ社会の理不尽さを知る

就職したブライダル企業で「まぁ普通に働ければいいか」と社会人生活をスタートします。

入社してしばらくは定時上がりで「仕事なんか楽勝じゃん」と思ってイージーモードで仕事をしてました。

しかし、2ヶ月後には就業時間が21時〜23時になり、「あれ、ここってブラック企業じゃね?」と疑いはじめます。

最初は月8日だった休日もあっという間に月4日になってしまい、おまけに入社して半年で九州へと転勤の辞令が出たためそのまま九州へ引っ越すことに。

親に仕事を辞めたいと伝えますが「とりあえず3年は働いてから考えろ」「甘えるな」と言われます。

しかし、そんな意見は完全にスルーしてボーナスをもらったタイミングで速攻で退職。

入社してから1年も経たずに新卒で入社した会社を辞めて広島に帰ります。

その時の思い出が詰まったのが⇩の記事。

同じようなブラック企業で働くのは嫌だという理由でフリーターになる

会社を辞めた後僕は「どうせ僕のスペックで採用されるのは同じようなブラック企業だけ」という思いからしばらくフリーターを続けることになります。

2年ぐらいは飲食店などのアルバイトをかけもちしながらダラダラと過ごしていました。

今思えばこの時期は会社員でフルタイムで働くということにトラウマがあったんだと思います。

しかし、心のどこかで「このままじゃダメだ」という思いもあったのでやはり正社員で就職しようと思い、残業がなく休みも取れそうな、かつ夜勤手当でそれなりの給料がもらえる介護の道へ進みます。

介護職で就職するも仕事が嫌になり相談員に転職

介護の仕事は残業もなく月に10日近く休めたため給料こそ少なかったけどそれなりに満足していました。

しかし、機械のように毎日続くルーティーンワークに次第に嫌気が差してきていました。

当時の僕にとって介護の仕事は楽だけどやりがいを感じないと毎日思っていて「もっとやりがいのある仕事がしたい」と思い学生時代に取得していた社会福祉士、精神保健福祉士を生かし医療系相談員に転職します。

夜勤手当は無くなるので3〜4万円くらい給料は下がりましたが

  • 正社員
  • 完全に定時勤務
  • 残業なし
  • 年間休日120日越え
  • かつ有給もとれる
  • 休日はカレンダー通り

という好条件は気に入ってました。

「いやー、いいとこに転職できた。」「給料こそ少ないけど独身だし実家暮らしだし別にいいや」「しばらくここで働こう」と僕は思っていました。

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人間関係で悩み再び転職

しかし上記の条件を見ても分かる通りとても働きやすい職場であるため部署の9割は20代半ば〜40代の女性でした。

もちろん産休もがっつり取れるので子育てと両立しやすいので女性がみんな辞めないんですね。

これまで人間関係でそこまで困った経験はなかったのですが、女性ばかりの職場で独特の悪い人間関係ができあがっており僕は上手くなじめませんでした。

昼休憩も車やトイレで過ごすようになり上司との関係も悪くなり息が詰まるような毎日を過ごします。

そんな毎日を過ごしているなか精神的なストレスが溜まり僕はパニック障害を発病。

パニック障害はなかなか治らず結局ストレスの元をたつために再び転職することになります。

ストレス回避のために転職、再び介護の道へ

こんな単調な毎日は嫌だと思っていた介護の仕事だけど当時の僕のニーズはストレスなく働きたいでした。

介護の仕事を振り返ってみれば

  • 人間関係も問題なし
  • 仕事もイージー
  • 月9〜10日しっかりと休める

という好条件。

お盆や年末年始に休めないのはネックですが僕は迷うことなく介護の道へ進みます。

当時の僕はとにかくストレスなく働くことをなによりも優先していました。

転職して1年ほどでパニック障害はほぼ寛解し今はイージーモードで働ける毎日にそれなりに満足しています。

この時期、福祉業界の実務経験も5年を越えケアマネジャーの試験を受け合格します。

30才の時にブログをはじめる

こちらの記事にも書いてますが副業感覚でこのブログをはじめます。

全然稼げてないけどねw

今は

  • 本業の介護職の仕事を続けるか?
  • もう一度相談員になるか?
  • ケアマネジャーになるか?
  • それともその他の道を目指すか?
  • ブログなど個人のビジネスにも興味がある

などと色々と悩んでおります。

個人的に福祉業界はもうやりたくないという気持ちが強いですね。

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